忘れられないごちそう -2-

ジャーナリストであり作家のMatthieu Noli氏の「忘れられないごちそう」第2弾をご紹介します。今回の「ごちそう」は…同じような状況下でのちょっと驚くごちそうです。

向かい合っての食事がはばかられる今、歴史に残る饗宴を思い出してみませんか?


 

1870年の凍えるようなパリ(温度計は-20℃を指していた)に封じ込められていたヴィクトール・ユゴーは、

その最大の敵、皇帝ナポレオン三世がセダンの戦い(普仏戦争の戦いの一つ)で情けなくも大敗し、退位したことにも喜んでいなかった。


より平凡なことを、食べ物を手に入れるために出来る事を考えており、その展望はちっとも思わしくなかったのである。


厳戒下にあったブーローニュの森や、リュクサンブール公園にいた15万匹の羊を平らげ、2000匹の豚を飲み込んだ後、パリジャンたちは自分たちが飼っている犬や猫に手を出す前に、パリ周辺にいる7万頭の馬を食べたのだ。空腹だった彼らは、ハトやスズメ、ネズミも捕まえ、貪り食べた。


《腹痛が出始めている。未知のものを食べているのだ。》と、レ・ミゼラブルの著者は回顧録の中で語っている。

 

このような状況の中で、サントノレ通りに「ヴォワザン」というレストランを経営していたアレクサンドル・ショロンは、上流階級の顧客たち ―少なくともビアリッツやアルカション、ドーヴィルに避難する時間がなかった人たち― に驚くような料理を用意した。

 

オードブルにはロバの頭のファルシ、続いてゾウのコンソメ、ラクダのロティ アングレーズ。そしてアントレにカンガルーの煮込みにクマのあばら肉、そしてオオカミのモモ肉にシカのソース、カモシカとトリュフのテリーヌ。めには、ネズミに囲まれたネコ。

 


おぞましい、と思うだろう。

 

騒ぎ立てる前に、この食事にはこの時代の最も良いグランクリュが供されていたことを考えて欲しい。


1846年のムートン・ロスシールト、1858年のロマネ・コンティ、1861年のラトゥール・ブランシュ、冷えたシャンパーニュ、ベランジェ―ル、そして1827年のポルト…


 

さてところで、最近の「封じ込め」との類似点は必ずしも偶然だが、とても不気味ではないだろうか!



by Matthieu Noli