八坂神社南側を東山の麓へと緩やかな坂道を登り、大谷祖廟と高台寺に挟まれた、京の四季を最も感じる場所の一つに「菊乃井本店」はある。物腰柔らかく丁寧な下足番に履物を任せ、仲居に店の説明を受けながら、30 室あるという奥まった個室の一つへ案内される。
こうした一連の流れだけでも、ここが一流の店に求められる期待値を既に上回り、洗練された最上級のもてなしを体現していることが伺える。料理は女将からの一献で始まり、鱧寿司やグジの水玉胡瓜などに茅の輪が添えられ、夏越の祓を思わせる八寸が供される。季節の表現が器も合わせて随所にさりげなく見られるかと思うと、冬瓜の中にフカヒレとすっぽんが仲良く上品に入ってくる変わり種もある。焼物の鮎は、料理人自らが部屋まで出向き、仕上げの焼きを加えるという、エンターテインメント性も加わり、総合的な食体験として楽しむことができる。代々、北政所が愛した「菊水の井」の水を守る一族に生まれ、京料理の重要な担い手である亭主は、そこに現代の科学的な見解や理論を加え、より多くの人に、京料理ひいては和食が文化や芸術として認知されるよう活動を続けている。その世界観の一端に触れるためにも訪れるべき名店である。
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